これまで、様々な ‘プロジェクト’ を思いついては周到な準備無しで立ち上げてきた。
開始するときには気が付かないが、参加している人達の言葉や行動から、やってきたことに後から新しい価値が生まれてゆくことに驚かされた経験がある。
能登半島復興支援プロジェクトで、能登復興支援音楽ツアー ’のと・おん‘ では、最終回の輪島市門前町でのエピソード、珠洲市から応援に来られた奏者の方の挨拶がそれだった。
「『地元の人たちと一緒に奏でる』というコンセプトの『のと・おん』がやってきたんです。私たちが待っていたのは、まさにこれでした。プロのミュージシャンと一緒にステージに立てることが決まり、子供達ももちろん、大人達もみんな必死になって練習しました。みんなの目つきが変わりました。-第19章 ‘のと・おん’ で見えたことーから:https://www.korobocl.com/osokunai/019-2/
これは、出かけて行った私や ‘天地人’ には解らなかった、しかし全体のプロジェクトの意味と価値を一転させた言葉となって、私たちを感動させた。
その ‘のと・おん’ を実施しながら、各地で聞いた ‘能登への関心を継続して欲しい’ という気持ちを具体化しようと、熱中小学校の先生が地元に行って学ぶという「のと熱中授業」を始めることにした。これはネットによる無料公開の教室で2025年4月から ‘のと・おん’ で活躍いただいた開さんに加えて、熱中の先生である吉澤隆さんのモデレーター、丸森熱中の伊藤航事務局長で進めていった。
進めるうちにだんだんと参加の申し込み数が減り出して、半期が終わって新しい転換が必要になった。震災の経験は日に日に薄れていくという地元の不安は本当だと理解できるようになった。私は協力してくれる熱中小学校とのクロッシング(共同授業)に切り替えた。
まずは一定の参加者のベースを固めたいという、走りながらの変更であった。
9月の浅野石川県副知事の授業は、「食の熱中小学校」とのクロッシングを皮切りに、熱中小学校丸森復興分校、熱中小学校白老分校、ちば銚子熱中小学校の協力をいただいて、後半の開催では参加者が確保できて大変ありがたかった。特に丸森復興分校は3回引き受けていただけた。
「のと熱中授業」9回目の白老分校とのクロッシングでは輪島市と白老町の地元の漁業の加工業者の対談か行われて、開催地の方が参加するという新しい形の価値が垣間見えてきた。
10回目になる「のと熱中授業」は12月20日(土)、熱中小学校丸森復興分校で輪島キリモトの桐本泰一さんに、被災後、輪島塗の再興にかけた時間と気持ちを「蘇生する輪島塗」というテーマで語っていただいた。聞き手は開沼博東京大学大学院准教授。開沼さんには一度輪島を訪問いただいている。超多忙な桐本さんはネットでの参加だった。
輪島塗の基礎から、現在の状況、これからという話の流れの中で、珠洲市を中心に採れる珪藻土や七尾市一本杉商店街にある高澤蠟燭店の漆を使った絵蝋燭など、輪島塗は能登半島広域に関係性を持っているという視点を得ることができた。
この授業の事前の打ち合わせで桐本さんを訪ねた際、桐本さんから、倒れた蔵などからレスキューした食器をきれいにして保存している、輸送費だけで貸し出してもよい、という話があった。そこで、輪島から送られた器を使って丸森の授業後にその食器を使った懇親会をやろうと事務居局長の伊藤さんに繋ぐと、この話に飛びついてくれた。丸森の授業会場は伝統美術品の宝庫である、斎理屋敷という古民家。二つの地域の漆器の共演ができたら、本物の漆塗りの交流型授業になる。伊藤さんから聞きつけた生徒会長の斎藤百合子さんは会場になる早速斎理屋敷との打ち合わせや、料理は「まんま亭」の武藤重樹さんなどに話すうちにやがて関係者に彼女の熱が伝わって行った。
「まんま亭」シェフの武藤重樹さんはホテルオークラなどで修業の後、丸森に移住して独自の創作料理を手掛けている方だ。彼は漆器の為に特別料理のメニューを考えてくれた。
斎理屋敷の漆器は年数が経っていて、お盆などの利用が難しいことを知ると、齊藤さんはなんとご自宅に眠っていた蒔絵が入ったお盆を20脚探し当ててしまう。座布団は佐藤君枝教頭が旅館から借り出してくれる。
桐本さんとの最終打ち合わせで、GOサインが出て、開沼先生、私を含めて15人の生徒が懇親会に集まった。
武藤さんのメニューの説明の後の、正月飾りがされた斎理屋敷の特別の空間に置かれた漆器(たぶん会津?と桐本さんがTV会議越しにおっしゃった)や蒔絵付きの足つき盆に輪島塗の器。お皿には丸森産の野菜炊き合わせから魚、肉のコースが一皿一皿ゆっくりと食事を進めながら、斎理屋敷の伊藤さんから、この日のために、漆器を多く展示してくれていたという正面の正月飾りの説明があった。
会場には四脚の輪島塗の器のセットが空で置かれてあり、まずは輪島塗のしっとりとした潤いにほおずりして確かめ、そして最後は丸森産の真綿で拭くことまで実習は続いた。
阿部倫子さんは養蚕が盛んだった丸森の家々に伝わる真綿の歴史を紐解き講義していただく。能登の授業は綿々と歴史をさかのぼり、昔の人たちの技術と知恵に触れる時間となってゆく。
以下は、生徒会副会長・齊藤百合子さんのFaceBookから引用:
「漆のお手入れには、かつては真綿を使っていた母が言っていたので真綿について探してみました。でも「真綿」という言葉聞いたことがあっても、はてさてどこにあるのか?
「真綿はシルク!お蚕さん」と教えてもらいました。
お蚕さんなら、養蚕文化の継承活動をしている友人の阿部倫子ちゃんがいる!
そこで倫ちゃんに相談したところ、真綿を持っていることがわかりました。
しかも偶然にも、「以前、輪島を訪れた時、漆器の会館にて真綿でお手入れしていたことを知り、とても感激したんです」と話され、今回のお話とても嬉しいですと快く協力してくれることになりました。
改めて真綿と漆器の関係について調べてみると
⚫︎漆は育てるもの
•触れられ
•空気にさらされ
•時間で表情が変わる素材
⚫︎拭くとは
「磨く」は形を変える行為
「拭く」は状態を戻す行為
⚫︎拭く文化とは
•整えること
•育てること
•関係を続けること
「真綿で拭く」とは、漆が本来持つ艶に戻す行為だったとは。
整え、育て、関係を続けることでより艶が出てくるものだったのですね。
ああ、なんて深く、優しい日本文化の知恵なのでしょう。」
第10回 輪島塗の今とこれからー「蘇生する輪島塗り」参照:
さて、桐本さん、開沼さんの授業は素晴らしかったがそれだけでなく、レスキューされた輪島塗の器で味わい、それを地元にあった真綿で拭き、お返しする。整え、育て、関係を続けてゆくという「のと熱中授業」の新しい姿を見ることができた。
輪島の漆の関係者が持っている将来の不安、その重たい話を思い出しながら、自分の土地に残る歴史的な遺産に思いを馳せる食事会になった。
私達は、新しい価値を求めて、新しい形に変身させる ‘磨く文化’ にこだわりすぎて来なかったか?
‘拭く文化’ には「関係を続ける」ということが含まれていた。日本の各地にある、ありのままの文化を継承してゆく価値を垣間見た瞬間だった。



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