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テーマ:「〜ラスト縄文人から学ぶ〜壱岐島で行う循環型社会の取り組み」
講 師:奥壱岐の千年湯平山旅館 代表取締役・女将 平山真希子先生


長崎県の壱岐島という離島から参りました平山旅館の平山と申します。もともと普通のサラリーマンの家庭で千葉で生まれ育ちまして、ただ幼少の頃、父の仕事の転勤の関係で一緒にアメリカに行ったという経験をしています。
日本で大学を卒業してからはP&Gというアメリカの外資系の会社に入りまして、10年とても楽しく仕事をしましたが、幼少の海外の体験からもっと日本という自分の原点に帰りたいとか、日本の田舎にこそ魅力があるんじゃないかって思うところがあり、地方に関わるような仕事がしたいと思い、会社を辞めました。
その後、縁がありまして、群馬県のみなかみ町というところにまずホテルに就職し、その後みなかみ町の観光協会に就職し、観光の世界に入りました。その後、壱岐島の平山旅館の跡取りとの出会いがありまして、そこをきっかけに私は、壱岐の島に渡りました。今は小学校6年生の娘と小学校4年生の双子の息子と共に旅館を運営しております。
壱岐の島はアクセスが実は結構良くて、福岡から高速船で1時間、フェリーだと2時間半です。長崎からは飛行機で25分。そして佐賀からもフェリーで2時間弱でたどり着く島です。東西15キロ、南北に17キロの島の人口は2万3000人弱です。ただ毎年大体300人から400人が減っているという、田舎に共通する課題は持っています。海はエメラルドグリーンで貝やサンゴが細かくなってできている海底を持ちますので、色がとても綺麗です。
あとは玄界灘の海産物、松阪牛とか神戸牛の素牛になる壱岐牛、そして麦焼酎発祥の地とも言われており食にめぐまれています。北の大間、西の壱岐と言われるほど一本釣りのマグロの聖地でもあります。食料自給率が実は100%に近いです。米も栽培し、食に関してかなり充実した島です。古事記に5番目に出来た島として登場し、壱岐神楽は700年の歴史を有していて今でも続いてます。元寇の話とか、朝鮮通信使の話とか、海外からの国の日本の玄関口でもありました。

平山旅館は1700年湧いている温泉の元湯をお預かりして経営している旅館です。自然の循環型社会を大事にするおもてなし旅館として、たった8部屋のこじんまりとした木造タイプの宿です。濃い温泉なので療養温泉の15倍の温泉の濃度を誇っていて、入ったそばから「温泉に入ったな」と実感いただけるような温泉です。平山家が最も大事にしているのは食べることです。食料自給率がほぼ100%の島ですので、旅館ではほぼ壱岐の島のものだけを使って料理を提供させていただいています。その中でもできるだけ食材は自分たちで採る、あるいは作ることをしています。
主人は毎日のように魚を釣り、野菜は自分たちの無農薬の畑からとっています。父はニホンミツバチを養蜂して毎年30から50箱の巣箱から蜂蜜を扱い、冬になると天然のマガモを捕っています。天然のウナギも自分たちで釣っています。鶏も150羽ぐらい飼ってます。旅館から出た食べ物は食事会場から戻って来る時にまずお皿から生野菜、それ以外、あとウニの殻だけというふうにバケツに分けるんですね。調理過程に出た食べ物も、お客様から残ってきたものも、何一つ生ゴミで捨てられるものはないんです。全部、循環して鳥や、馬の餌として利用します。

さて、うちの義理のお父さんの平山俊一郎の話です。父は昭和23年の生まれで得意なことが狩猟、釣り、養蜂、養鶏、動物を飼うこと、食べ物を作ること、食べること。そもそも父をなぜ‘ラスト縄文人’って私が呼び始めたかっていうと、例えばお父さんの鴨撃ちですが、散弾銃で傷つけて獲るではなく網漁という仕掛けを作って、お米とかで引き寄せて集まったカモをバタッと網にかけます。鴨だけじゃなくてあらゆる食材に対してすごくハンティング力、食の「取りたい欲」が強い人で、かつ食のアンテナを常に張ってて、78年生きてるあいだずっと島を見回りながらいつどこにどんな食材があるか、美味しいのがどこにあるかの知識をためてきています。何か食材があったらすぐに取りに行くというようなことをしていて、その様を見てこの人は縄文人みたいな人だな。もっと続いてほしいなっていう気持ちも込めてお父さんのことを‘ラスト縄文人’と呼び始めました。5月の北東の強い風が吹いた時にしか波に打ち上がらない海藻なども、本人が行ったらあるんですよね 。
そういう体と知識が覚えてる食材がたくさんあります。お父さんはいつも洒落た器はいらないと言います。竹で器を作ったりします。あとは葉っぱ。そして花びらですね、ゆずのカップとか食いしん坊なので美味しいものをより美味しくする時に、身近にあるものを使います。お酒の飲み方も、桜の花びらを入れてさらに白濁させたり、蕎麦湯も蕎麦湯で割っているんですが、梅の時期には梅の花、桜の時期には桜の花を浮かべて麦焼酎を飲んでいたりします。やっぱりお酒には酒のつまみというのが大事だと思うんですけども、私は見たことのないようないろんなおつまみも、イカの塩辛はわかりますよね。でもタイの内臓の塩辛とかカマスの肝の塩辛とか、お魚の肝とか皮とかは全部食べられるということで、あとブリのわたの煮付け。いろんなものがお父さんの目の前を通ると何一つ残らないで全てが食材、美味しいものになるという形になっています。

(松田教頭が参加)平山さんは壱岐市長様から、壱岐で頑張っている人という事でご紹介いただいて知り合ってから、平山旅館には2回泊まったんですけども、食事は半端ではないですね、朝食は「サライ」という旅雑誌で日本で一番食べたい朝食の特集で掲載していただいて表紙に載ったっていうし、温泉の質もいい。私は地方創生三田会の幹事をやっていますが、数年前の会合で堀田さんと平山さんにご登壇いただいて、その際ぜひ食の熱中小学校でもということになった次第でございます。平山さんの個人的なことをもう少し聞いてもよろしいでしょうか。アメリカ行って驚いたっていうことは、最初はどういったことに驚かれました?

(平山さん)(アメリカの文化では)しゃべらないんだったら遊んであげないというか、しゃべれないんだったら存在しないのも同じっていうのが大人の世界じゃなくて子どもの世界にもありました。同じことを言うよりも違うことを言うことを求められたのは最初のころは結構衝撃でしたね。日本に戻ってきて同調圧力にすごいびっくりして、逆カルチャーショックをうけました。
実はかなりぜいたくな縄文人だと私は思っています。私の双子の息子たちも‘リトル縄文人’として育ってくれています。植物見てもこれ食べられる植物かどうかって分からないと思うんですけども、やっぱりそれが分かるのがお父さん。アルケチャーノの奥田さんが壱岐に来られた時ですが、畑には興味ないだろうから「川の田んぼのしじみがいますよ、ここには野草がありますよ」って言って2人でこれがおいしいおいしくないとか、どうして食べたとか話しながらご案内していました。一年中自然と共に食材をいただいているのは、お金に換えられない究極の食事かなと思っていて、この年になるとこの贅沢さが身にしみて分かります。
さて循環の話に戻りますと、65度の源泉はタンクに一回入れた時に水道のパイプをちょっとタンクでコイル状に入れて(熱交換して)水道水をお湯にしています。お皿洗いのお湯、あとシャワーのお湯は全部、ボイラーいらずに熱交換したお湯なんです。サウナっぽい蒸し風呂があるんですね。これもわざわざドライなサウナを作るんじゃなくて温泉を貯めてるところに部屋を作ってその蒸気にあたるミストサウナをつくっています。そうやって段階的に温度を下げて浴槽に入れる時には41、2度になるように温泉の温度差も有効利用しています。馬糞鶏糞は熟成させて1年以上かけて堆肥にします。結局海に囲まれているので、何かものを島から出してしまうより、島で循環した方が効率がいいっていうのはもちろんのことなんですけれども、お父さんは結構もっとシンプルな考え方をしていて、もっと物を大事にしようという考え方が根底にあると思います。今は何でもお金で買えるんですけど、何に対しても有効利用したいし節約をするっていう考えが常にあるのがこの‘ラスト縄文人’の考え方です。

この縄文人の考え方を存分に体感していただくツアーを開催いたします。壱岐には「引き通し」という郷土料理があります。鶏鍋なんですけど、大事なお客様が来た時に玄関から引き通して奥座敷にお迎えして、自分たちで飼ってる鶏を絞めて、自分たちの畑の野菜を取ってお鍋として振る舞います。ツアーでは私たちの鶏で捌くところから見ていただいて「命をいただく」という体験をしていただきたいと思ってます。農産加工の大豆農家さんのおばちゃんたちと一緒に、壱岐の海の海水の水を使って、にがりではなく潮を使った壱岐豆腐作り。‘ラスト縄文人’と囲炉裏を囲んで食べる鴨料理。壱岐のことを知っていただきたいので、観光焼酎蔵見学とか弥生の遺跡見学だと神社参拝なども入れていきたいと思います。

(松田)そういった中で慶応のSFCは多様性を尊重してもらえる生活を送られたんでしょうか。P&Gで得たものはどんなことですか?その後のみなかみ町観光協会についてもお話いただけますか。
(平山)SFCはそうです。P&Gではやっぱり自分で考えて自分で意見をして自分で行動しろと言われ、10年間徹底的にまず自分の考えを持つことと発言をすることを求められました。対して日本の全国の観光協会はやっぱり受け身な組織が多いと思います。ただ私はもう社会時になってから積極的にしろってずっと言われてたので観光協会で毎日のように情報発信をしていました。P&Gでは戦略的思考を持って選択しろ、絞れってずっと言われ続けたので、去年やったから毎年やるとか、いつもやってたからやるとか、鶴の一声で誰かが言ったからやるっていう慣例に対して、逆にしっかりとデータを取って、「これは今のみなかみにとっては優先順位を下げるべき」とか「やらないべき」という人がいても「データ的にはポテンシャルが高いからやりましょう」という話をさせていただきました。
(松田)講演ではサラリと「縁があって嫁いだ」と言われてましたけども、結構勇気ある決断だと思うんですね。その離島の全く今までと違う世界に飛び込む中で、何が一番の動機たったでしょうか?
(平山)先代の女将とは観光つながりの出会いでした。こんなにしゃべる私が「千葉出身です」としか言ってなくてそのあとは2時間半ずっとおかみがしゃべるんですよ。楽しくて刺激的な話をありがとうございましたって言ってお礼のメールを送ったらその返事が「あなたと周太朗は運命の赤い糸で結ばれてる」って。でも周太朗さんはまだ会ったことないわけですよね。会ったことないですし、その2時間半の会話にひと言も出てきてないんですよ。ご縁いただいたのはこの先代の女将のお陰です。
(松田)平山旅館に入られて何が最初に一番ご苦労されたところでしょうか?(平山)これは旅館の誰もが抱える課題だと思いますが、意外に旅館って横のつながりがなくてたとえば、労働基準法を考えたら絶対やっていけないけど、みんなどうやってるかとか、そういうのは全然話せる人がいませんでした。旅館の宿泊料金の価格の話で言うと、20年前から変えていませんでした。こんなに物価が上がって最低時給上がっているのに。。その辺も工夫して変えていきました。P&Gとか、みなかみで得た経験、たった1年しかいなかったホテルの経験もすごく役立っています。

(松田)泊まってるお客さんも少しずつ変わっていったと思うんですけど、いかがでしょうか?
(平山)P&Gのマーケティング分野でターゲットを決めてその人だけに響くものを作りなさい、みんなの期待に応えますよって言ったら誰の期待にも応えられないっていうのを常に言われました。そこで、「うちは料理旅館です、食べることが好きな人だけ来てください」。そこに全ての情報が集まるようにしました。お父さんがいなかったら、この食材はなかったので、食材とか循環型であることを、うちのとんがりポイントにしようって決めました。つまり昔から鶏も飼ってたし昔から卵かけご飯出してたんですけど、それまでは何の説明もしていなかったのです。今ではこれはうちで飼ってます、配合飼料を一切与えない平飼いの卵ですっていうようなことをお品書きに書いています。言わない時と言う時とではお客様のおいしさの感度が全然違う。野菜もそうです。この器に入ってるのは全部うちの畑で無農薬で作ってますと言った時に、皆さん実際に多分おいしいんですけれども、多分そこに上乗せされてる「何か」があると思うので、それを仲居さんにもお客様に伝えてまるよう、お願いしてきました。結果、食べることが大好きな人ばかりが集まる宿になっていると思います。

(松田)壱岐は離島独特の雰囲気ですよね、降りた瞬間にわっと変わる瞬間があるので、ぜひ、ツアーに行かれる方、楽しみにしていただければと思います。平山さん、最後に今日の受講者の方にひと言メッセージをいただけますでしょうか。
(平山)皆さん、すごく食に興味があって、いろいろなところで美味しいものを召し上がっていると思うんですけども、やはり日本はとっても食文化が豊かで、これからもいろんなところに行っていただき、地方を活気づけていただきたいと思います。毎年人口が減っているのが田舎の課題になってますが、皆さんがこうして共感してくださったり、ツアーで行っていただいていることが本当に励みになりますのでこれからもよろしくお願いします。


レポート:大島信彦さん 「熊野古道・大遍路」5/23-24




















レポート 渡邊斉子さん















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事務局より
栗の季節になりました。
栗ご飯のように主食的に食する場合もあれば、羊羹のように種実類としてスイーツに使われることもあります。
皆さんは、「桃栗3年柿8年」という言葉を聞いたことがあるとおもいます。これは植えてから食べるまでの期間を表していますが、この後に「枇杷の大バカ13年」と続くことがあります。実際には、枇杷を苗木から育てた場合は3〜5年で実がつきますので、このことわざは物事が結実するにはそれなりに時間がかかる、という意味と思われます。この栗は日本でも古代より食されており、「栗の歴史・文化」としてまとめるなら、①縄文人の主食 → ②保存食 → ③武士の縁起物「勝ち栗」 → ④江戸時代の菓子 → ⑤現代の栗スイーツという流れにとらえると興味深いものがあります。
この、栗のこれからの活用を考えてみましょう。
- 栗味噌、栗の発酵食品
- 栗粉として米粉や小麦粉ととの共用
などがあるでしょう。
「栗のお菓子」として発展する傍らで、
これからは、栗を新しい調味料・発酵食品・主食として楽しむようになるでしょう。
あまり見かけることのなくなった栗のイガを踏みながら、こんなことを調べ、考えてみました。

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「食熱通信第30号」発行:食の熱中小学校事務局(一般社団法人熱中学園内)
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