第34章 中川裕之さんの開拓者魂には意地がある 

(株)ノラワークスジャパン社長の中川裕之さんは「とかち更別熱中小学校」(今は「とかち熱中小学校」)の設立以来、副校長としてもお世話になっている。困ったときにはよく電話相談にも乗ってくれる親友の一人だ。

 3年前の「コロナ禍でも日本を元気に! ガンプ鈴木さんの熱中KAKAWARI人力車プロジェクトでは、浅草から茨木県大洗港まで人力車。そこからフェリーで北海道苫小牧港に行き、中川さんには港からトラックで出発地の帯広市まで中川さんに運んでもらったことも。中川さんは若い冒険家がとてもお好きなようだ。

熱中KAKAWARI人力車プロジェクト。米沢則寿帯広市長をお迎えして、いざ沖縄まで出発式@LAND 一番左後ろに奥ゆかしい中川裕之さんがいる

 十年ひと昔というが、東日本大震災後しばらく、首都圏は計画停電で大騒ぎだった。

 当時、私の顧問先である(株)内田洋行の北海道支店長の名畑成就さんに、涼しい環境でのワーケーション(当時はこんな言葉はなかったが)‘夏だけオフィス’ の適地を相談すると、知己が多い十勝管内がいいだろうと、十勝のリーダー的存在の後藤健一さんを紹介いただいた。

 後藤さんのアレンジで、名畑さんと一日中、北は上士幌の竹中貢町長から、今はロケットの町になった大樹町の移住定住促進住宅、南は使われなくなった晩成温泉の宿舎などを車でオフィス設置の適地を探しまくり、すっかり暗くなった帯広に帰ってきた。

 そして後藤さんと飲んでいるうちに、結局のところ温泉も、飲み屋も、ホテルもある帯広市がいいな、となってしまった。飲みながら一気に決めてしまういつもの癖がでた。

‘夏だけオフィスプロジェクト’ が帯広一の古い ‘かじのビル’ で2012年7月に始まった。かじのビルは、後藤さんと一緒に面白いプロジェクトをいつもやっている中川裕之さんが社長の(株)ノラワークスジャパンがあり、最上階は ‘ロフトクラブ’ という会員制の飲み場になっていた。

ロフトクラブで、両手に花の中川裕之さん

 お互いお酒が大好きな中川さんとはいつも暗くなるとロフトクラブで飲んで、寿司を出前して、を繰り返しているうちに(株)ノラワークスジャパンがマンゴー栽培のプロジェクトを模索していることがわかってきた。

 元々、石油製品販売会社を経営していた中川さんは、経営者が集まるイベントで、宮崎県日南市のマンゴー生産者から、マンゴーはクリスマスによく似合う色合い、宮崎ではできない、十勝でやっては? と言われて、やがてその考えに取りつかれてしまう。

 最初は冗談につきあっているつもりだった中川さん、宮崎県日南市に通って話を聞くうちに、冬の期間の ‘十勝晴れ’ や温泉、夏は冬の期間貯蔵した雪を使った新たな事業になるのではと、‘循環型の農業’ の設計にも夢中になってゆく。

 私がお会いした2012年は音更町でマンゴーの試験栽培から2年目になっていて、(株)ノラワークスジャパン設立、大きな投資に向けて試行錯誤をしていた時期だったのだ

(今でも、あの時堀田さんは反対した、と言われてしまうのだが)

毎日マンゴの様子を見に、温室に通う中川裕之さん

 今では北海道マンゴー「白銀の太陽」はクリスマスや正月に出荷される高級マンゴーとなった。まだまだ自然からの学び苦労は尽きないようだが、‘発想の転換の起業家’としても有名だ。

 十勝の冬は、雪はそれほどでもなく、晴れの日が多い。

 中川さんには、一年中‘十勝晴れ’の太陽を仰いできた開拓者の風貌がある。

中川裕之さんのインタビュービデオはこちら:

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