第10回 輪島塗の今とこれからー「蘇生する輪島塗り」

日 時:2025年12月20日(土) 13:30〜15:00
現地会場:蔵の郷土館 斎理屋敷 (〒981-2165 宮城県伊具郡丸森町町西25)
講 師:輪島塗り作家 桐本 泰一先生(200年続く「輪島キリモト」7代目)
講 師:社会学研究者 開沼 博先生(東京大学大学院情報環准教授 社会学研究者)
会 場:熱中小学校丸森復興分校/オンライン
授業テーマ:

『輪島塗の今とこれから』(桐本 泰一先生)
『熱中小学校の10年間を分析〜価値と地域への波及効果を紐解く』(開沼 博先生)

桐本先生は、能登半島の輪島にて200年以上「木と漆」の仕事に携わってこられた「輪島キリモト」の7代目代表です。
2年前の能登半島地震により、ご自宅も工房も甚大な被害を受けましたが、そのような中でも、被災した家屋から「輪島塗レスキュー」活動や「輪島塗リボーン」活動を通じ漆器を蘇らせる活動をされてきました。
また、キズにも強く日常使いできる漆器の開発をされたり、机やカウンター、車の内装に漆を使うなど、暮らしの中に輪島塗りのある提案を行い、その魅力を全国、全世界へ発信しています。
実は先月、輪島からレスキューされた漆器セットが届くことを知りました。
レスキュー漆器のことは、防災仲間の投稿で知っていましたが、まさか丸森でそのレスキュー漆器に出会えるとは!
事務局より、「できれば災害を経験した丸森町の漆器と合わせ、漆同士の交流会がしたい」と話を聞いた時、私も何とか実現させ、みんなで能登のことを感じたいと思いました。
まずはダメもとで、齋理屋敷の漆器について館長さんに相談しました。
何度か相談を重ね、齋理の漆器は貸し出しできないけれど、歳迎えにてお正月のお膳を展示をしている居宅にて交流会をする許可をいただきました。
漆器は齋理のものではないけれど、もしかしたら我が家の蔵にも何かあるかもと捜索したところ折敷(おしき)が見つかりました。
折敷は昭和51年の新聞紙に包まれ眠っていましたが、今回、丸森の漆器として、この折敷を使うことになり、半世紀振りに日の目を浴びることになりました。
これも甦った漆器です。
さて、漆のお手入れには、かつては真綿を使っていた母が言っていたので真綿について探してみました。
でも「真綿」という言葉聞いたことがあっても、はてさてどこにあるのか?
「真綿って脱脂綿ですか?」と熱中の先輩に聞いたら笑われました。
「真綿はシルク!お蚕さん」と教えてもらいました。
お蚕さんさんなら、養蚕文化の継承活動をしている友人の阿部倫子ちゃんがいる!
そこで倫ちゃんに相談したところ、真綿を持ってることがわかりました。
しかも偶然にも、「以前、輪島を訪れた時、漆器の会館にて真綿でお手入れしていたことを知り、とても感激したんです」と話され、今回のお話とても嬉しいですと快く協力してくれることになりました。
改めて真綿と漆器の関係について調べてみると
⚫︎漆は育てるもの
 •触れられ
 •空気にさらされ
 •時間で表情が変わる素材
⚫︎拭くとは
 「磨く」は形を変える行為
 「拭く」は状態を戻す行為
⚫︎拭く文化とは
 •整えること
 •育てること
 •関係を続けること
「真綿で拭く」とは、漆が本来持つ艶に戻す行為だったとは。
整え、育て、関係を続けることでより艶が出てくるものだったのですね。
ああ、なんて深く、優しい日本文化の知恵なのでしょう。
なおさら被災し、レスキューされた輪島の漆器を丸森の真綿で拭いて、お返ししたいと思いました。
漆器が揃い、肝心のお料理は齋理屋敷向かいの「まんま亭武藤」さんに頼みました。
丸森の素材を活かした料理とだけリクエストし、あとはお任せしました✨
あとは会場です。
もともと食事をするところではありませんので、座布団もグラスも手分けして持ち寄り、配膳も片付けもみんなで行いました。
それにしても、かつて人寄りをしていた地域ならでは、どこかには必要なものがありました。
地域の懐の深さを感じました。
こうして齋理の歳迎えの漆器が並ぶ中、「輪島のレスキューされた漆器と丸森の漆器と真綿の交流会」が開催されました。
実際に輪島塗りを使ってみたら、しっとりと手に馴染み、口をつけると、ふっくらとした優しい口触り。
まんま亭さんの丸森の素材を活かした料理に舌鼓を打ちながら、歴史と文化と風土を感じました。
開沼博先生が分析された『熱中小学校の10年間を分析〜価値と地域への波及効果を紐解く』
みんなと協力して開催できたこの交流会も、きっと記憶に残る特別な夜になったことでしょう✨✨✨

詳しくは写真にて、ご覧ください。
(文と写真・齋藤百合子さん)

 

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