- 講 師 : 石川県副知事 浅野 大介先生
開催場所: 内田洋行ユビキタス協創広場 canvas
日 時 : 10月29日(水) 19:00〜20:10
※食の熱中小学校とのクロッシング授業
講演レポート: 「復興の目撃者、当事者になれ」能登再生を支える『越境・対話・ロビイング』の舞台裏(文 : 吉澤隆さん)
2025年10月29日、「第7回 のと熱中授業」にて、石川県副知事を務める浅野大介氏による講演が開催されました。
当初、「能登の農業の未来と循環」というテーマが掲げられていたものの、浅野氏はその内容をあえてアレンジし、参加者に向けて「能登の復旧復興って今どんな感じで進んできているのかしらっていう仕事の裏側を、えーと本当の舞台裏なんですけども、そういったものをご共有すると楽しんでいただけるような皆さんなんじゃないかな」と語りかけました。本稿では、浅野氏が語った能登再生に向けた戦略、農業改革の挑戦、そして被災地支援における「越境」の哲学について、取材ライターの視点から深く掘り下げます。
Ⅰ. 経産省・農水省を経て、能登復興の最前線へ
浅野氏は、もともと経済産業省の役人でしたが、「昨年の7月」「他省庁との、要するにブリッジをしていくというか」、あるいは「越境してちょっとそのやり方を変えてみませんかっていうのを、まああのちゃちゃを入れに」「本当にプロジェクトを一緒に作っていく」ことを繰り返してきたと自己分析されています。
この「越境」の経験こそが、能登での仕事の基盤となりました。特に、農水省時代に立ち上げた「低コスト低メタン輸出米官民タスクフォース」のプロジェクトが、能登の現在の取り組みに「実はつながるんです。これ偶然なんです」と浅野氏は明かします。まるで地震に引き寄せられるように、米作りの課題に正面から向き合っていた経験が、米県である石川県、そして被災した能登半島へと繋がっていったのです。

Ⅱ. 能登農業の課題と「乾田直播」の革命
能登半島を含む石川県は「米県(こめけん)」であり、量が出せる主力農産物はお米と酒に限られます。能登の農産物は高級である一方、「量が出ない」という弱点を抱えています。
浅野氏は、国際的な視点から日本の米輸出の現状を厳しく捉えています。「日本のお米は美味しいけど高い。で、輸出したところで要するにその利益も残らない」。この構造を変えるためには、作り方そのものを変えるしかないという問題意識がありました。
その答えとして注目したのが、北海道の事例からヒントを得た「乾田直播(かんでんじかまき)」の体系です。これは、水田に「水を使わないで直販の体系で」米作りを行うという挑戦です。浅野氏は農水省時代に、この農法によって「6割とか7割とか生産コスト減るんじゃないですか」という仮説を立て、実証事業をスタートさせました。

- メタンガス問題への対応
乾田直播の導入は、単なるコスト削減に留まらない、地球規模の環境課題への対処でもあります。
通常の水田稲作では、水を溜めることで土中が嫌気環境になり、「メタン生成菌」が活発化し、「CH4(メタンガス)」が発生します。浅野氏は、その排出量が「牛のゲップと同じぐらいの量出てるわけですよ。世界中で言うとですよ」と指摘し、稲作が持続可能性の観点から深刻な課題を抱えていることを強調しました。
特に、日本酒の輸出先としてヨーロッパを考える場合、「どれだけその温室効果ガスを減らした状態でそのお酒ができてるんですか?」という問いに真剣に答えなければならない状況になっています。乾田直播は、「節水型で要するにその水を貯めないってこと」 であり、メタンガスの排出を抑制する効果が期待されています。
- 被災地での実践と雑草対策の困難
能登半島地震後、水田の亀裂や液状化により、水を溜めることができなくなった被災農家が多数発生しました。浅野氏は、この状況を逆手にとって、「水を使わないでいける農法を試すことが能登復興に役立つから入れようぜ」という経緯で、奥能登の被災農家を低コスト米作りのタスクフォースに組み入れました。
現在、奥能登の法人や県の試験場などで節水型乾田直播の挑戦が進められています。しかし、その道は平坦ではありません。浅野氏は、自身も試験場の畑を借りて実験を行った経験を共有し、その最大の課題が雑草対策であることを痛感したと述べました。
播種後の土壌処理剤の散布を大雨予報で控えた結果、畑は雑草だらけになり、「もうだから2人で合わせて40時間ぐらいあの草をむしる。もうこの時点 でだいぶ高コストになってる」という地獄の夏を経験しました。プロ農家の世界ではありえない手作業を強いられましたが、この経験から「雑草対策だな」と課題を明確に把握できたと言います。
浅野氏は、この低コスト農法が能登の未来に不可欠だと強く主張します。今、奥能登の法人には農地が集約されつつありますが、「人手をかけずに、要するに農業できるか」という視点がなければ、多くの農地が耕作放棄地になり、取り返しのつかない事態に陥る可能性があるからです。
Ⅲ. 米作りを超えた能登の課題と復興戦略
能登の農業再生は米作りだけに留まりません。浅野氏は、復興の議論を複合的な課題へと広げました。
- 畜産と里山の循環
能登牛は、地震前から出荷頭数が減少傾向にあり、短期的には頭数を戻すことが目標ですが、成長戦略を描く上での制約があります。その最大のネックは「糞尿の処理能力」、つまり堆肥化の問題です。
「静脈をどうにかしないと、なかなかその動脈的な議論だけ走らせるわけにはいかない」 のであり、牛や豚の糞尿が堆肥となり、米作りに還元される「循環」をいかに構築するかが重要です。
また、能登が誇る「里山」も深刻な状況にあります。現状の能登の山林は「里山とは言えないっていう自己評価」がなされており、山が荒れれば海も荒れるという、森と海の生態系循環の課題(七尾のカキ養殖への影響など)にまだ手がつけられていないのが実情です。

- 「鶴岡モデル」と関係人口の誘致
奥能登では人口減少が加速しており、復興を考える上で「関係人口、交流人口っていうのがどうやって増えていくか」が外せない論点です。
浅野氏が着目するのは、山形県鶴岡市の成功事例です。鶴岡は羽田から40分程度でアクセス可能な空港の利便性を活かし、慶應義塾大学の先端生命科学技術センターを誘致し、バイオベンチャーが生まれる理想的な地方創生の循環を作り出しました。能登にも空港という「有利なところ」があり、「私の中ではやっぱり鶴岡的にいけないもんでしょうか 能登半島もっていう発想にやっぱりなるんですよね」と、能登空港のポテンシャルを最大限に活用する戦略を練っています。
具体的な誘致策として、「古民家スマイル」事業を紹介されました。これは、公費解体される予定だった古民家を、リノベーションしてレストランやオーベルジュとして活用してもらうという試みです。現在、海外で修行したシェフや首都圏でスーシェフを務めていた若者たちが、能登の食材を求めて集まりつつあると言います。
さらに、珠洲市で開催されてきた「奥能登国際芸術祭」についても広域の開催を検討していたり、アーティストが活動できる場として利用してもらえるのではと、アートを軸とした広範囲な交流人口の増加を目指しています。
3. 新しい贅沢「学ぶ能登」
浅野氏は、能登には「学ぶ」魅力もあると語ります。その具体例として挙げたのが、重機(ユンボー)の講習会です。輪島の三井地区で開かれた講習会には、東京からも参加者が集まり、「道、自分がつけた道っていうのを要するに楽しんでるんですよね。これやっぱり新しい贅沢かもしれない」 と述べました。
この講習会で習得する重機の操作技術やチェーンソーの扱いは、普段は林業やアウトドアで活かされますが、「いざとなると災害の時の道路警戒とか、あとは人命救助の、要するにそのための技術になっていくっていう、その循環もあるんじゃないか」 と、災害対策とレジャーを結びつける可能性を示唆しました。
Ⅳ. 復旧の最前線で実践する「越境、対話、ロビイング」
震災後1年4ヶ月、復旧のフェーズで浅野氏がひたすら繰り返してきた仕事は、「越境、対話、ロビイング」の3つであると断言します。
特に重要なのは、国への「ロビイング」です。「国は、お願いしますと言ったら、はいわかりましたって聞いてくれるほど甘くないんですよ。基本的にできませんから始まる」。この「できません」から始まる会話を「できるところ」まで持っていくために、並々ならぬ努力が必要でした。
その努力の源泉となったのが、毎朝のオンライン会議です。金沢から車で2時間以上かかる能登の状況をリアルタイムで把握するため、浅野氏はハイレベルな役所の階層で磨き上げられたつるつるの情報(異常なしという結論になりがちな情報)だけではなく、「沖縄の有名な防災災害NGOの人」や「オープンジャパンという全国規模でずっと動いてるNGOの現場のリーダー」といった民間団体や現地の有力関係者と直接対話を重ねました。
- 土砂災害における「一括撤去」スキームの実現
ロビイングの代表的な成功例として、土砂災害が挙げられます。現場では土砂、流木、がれきが混ざった状態で届くにもかかわらず、制度上、これらは国交省、環境省、農水省など、担当省庁や場所によって補助金が細かく分かれており、「いちいち仕分けをするっていう作業をやんなきゃいけなくなってて、もう市町が死にそうです」という悲鳴が上がっていました。
浅野氏と連携するNGOが「これ一括処理スキームでの補助金交付ルールを今からでも直せるんじゃないですか」と提案。この現場の声を馳知事から総理に提案し私も突っついて調整した結果、一括請求の実現にこぎつけました。
Ⅴ. 結び:能登復興の「当事者」になってほしい
講演の終盤、浅野氏は改めて能登のポテンシャルを強調しました。能登は、食材、アート、トレッキングなど魅力が詰まった場所であり、東京から飛行機に乗ってすぐ来れるという優位性があります。そして、参加者に対し、能登復興への深い関わり方を呼びかけました。
「復興したら能登に行こうじゃなくて、本当に復興の目撃者とか当事者になっていただけるような、一緒に楽しんでいただける方に家を買っていただいて、田んぼを借りていただいて、山で什器のトレーニングでもしていただいてとかですね」。
新しい贅沢を求め、自ら開拓する視点を持つ人こそが、能登再生の担い手となる——浅野氏の言葉からは、復旧・復興を単なる行政の仕事に終わらせず、全国民が参画する「越境プロジェクト」として捉え直そうとする強い意志が感じられました。

